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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1698号 判決 1986年7月10日

控訴人

阿部啓輔

右訴訟代理人弁護士

片桐敏栄

馬場泰

被控訴人

日本国有鉄道

右代表者総裁

杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士

斉藤彰

右代理人

高木輝雄

木口篤

斎藤敏昭

右当事者間の地位確認請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する(昭和六一年二月二〇日口頭弁論終結)。

主文

控訴人の当審における新請求を棄却する。

右請求に関する訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

〔当事者の求める裁判〕

(一)  控訴人

「被控訴人が昭和五九年六月二日付でした一〇か月間控訴人の俸給の一〇分の一を減給する旨の懲戒処分が無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求める(当審での訴えの変更による新請求)。

(二)  被控訴人

(1)  主位的に、「控訴人の当審における新請求の追加を許さない。」との裁判を求める。

(2)  予備的に、主文第一項同旨の判決を求める。

〔当事者の主張〕

一  控訴人

(一)  被控訴人は、昭和五九年六月二日被控訴人の新潟鉄道管理局所属の職員である控訴人に対し、一〇か月間俸給の一〇分の一を減給する旨の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)を行った。右処分の事由は、控訴人が昭和五三年六月一九日付で被控訴人から「入広瀬駅営業係(特命)を命ずる」旨の転勤命令(以下「本件転勤命令」という。)を受けたにもかかわらず、同年七月二日に至るまで着任せず、かつ、その間の同年六月三〇日、七月一日と同月三日の三日間勤務を欠いた、というものである。

(二)  しかしながら、本件転勤命令は、業務上の必要に基づくものではないこと、控訴人に、過重な負担を課するものであること、他の転勤例と比べて不公平であること、事前打診と本人の同意を得て発令するという従前の労働慣行に反すること、主として控訴人の思想や労働組合活動に対する嫌悪に出たものであること等からいって(この点の主張の詳細は原判決二枚目裏一二行目から七枚目表一二行目まで(請求原因3(一)ないし(四))に摘示されたとおり。ただし同三枚目裏一行目の「本件転勤命令」の次に「の通知」を、同六枚目表一〇行目の次に「なお、入広瀬駅における控訴人の前任者吉原悦郎は昭和五三年二月に同駅営業係(特命)に発令されたばかりであり、着任後三か月という短期間での転出は異常である。しかも、本件転勤命令発令当時、控訴人と同様に営業系統に勤務し、幹部職登用資格認定試験に合格して未だ助役に発令されていない者のうち長岡地区に居住している者は数十名に及んでいたのであるから、控訴人を吉原の後任にあてることには合理性がない。」をそれぞれ加える。)人事権の濫用であり、無効である。したがって、控訴人に右転勤命令に従って入広瀬駅に赴任すべき義務はなかったものである。

(三)  また、被控訴人主張の三日間の欠勤については、控訴人は本件転勤命令に対して国鉄部内の苦情処理機関に救済の申立をする一方、新潟地方裁判所に対しても地位保全の仮処分申請を行い、右各手続が進行中であったので、控訴人は被控訴人に対し右各手続の進行中暫時転勤先への着任を猶予するよう申し入れたところ、被控訴人もあえてこれを争わず従前どおり新潟鉄道管理局経理部会計課において就業することを容認して時日が経過した。ところが、昭和五三年六月二九日に至り、被控訴人は控訴人に対し入広瀬駅への赴任方を命ずる業務命令を発し、右会計課での就業を一切認めない態度を示した。控訴人は被控訴人のこのような態度に驚き、同年七月一日には苦情処理委員会(第一回)の開催が予定され、また近く裁判所の仮処分申請に対する判断が示されることも予想されたところから、再度着任の猶予を求め、六月三〇日、七月一日の両日は従前どおり会計課で勤務に就いた。この間控訴人は七月一日午前九時ごろ入広瀬駅長池田三男に対し電話で同日につき年次有給休暇を請求し、また同月三日の勤務については、同月二日適法に年次有給休暇の請求をしたうえで勤務に就かなかったものである。ところで、新潟鉄道管理局の職員勤務及び休暇取扱細則(以下「細則」という。)三条によれば、転勤の命令を受けた者は、原則として五日以内に赴任しなければならないが、特別の事情により五日以内に赴任できない場合は新任箇所長に届け出て許可を受けるべきことが定められ、また、細則附則1によれば、事故その他緊急の必要ある場合にはこの細則によらないことができる旨定められているところ、本件では、(イ)苦情処理委員会が六月一六日に開催されたが結論が出ず、後日苦情処理共同調整会議に上移され、同月三〇日に漸く開催された同会議でも、結論は出さずに、裁判所の仮処分申請に対する判断を待つこととされ、裁判所の債務者審尋期日は七月六日に指定された。(ロ)六月二九日、それまで水害のため不通となっていた入広瀬方面へのバスが開通するや、控訴人に対し同月三〇日に赴任すべき旨の職務命令が発せられたが、入広瀬駅のある只見線は当時数か所の土砂崩れにより寸断され、開通の見通しが立たず(実際には七月二〇日ごろ漸く開通した。)、入広瀬駅は当時事実上その業務を行いえない状態にあった。(ハ)控訴人は、右のような状況下において、六月二九日仮処分事件の代理人たる弁護士と連絡をとって対応措置を相談し、代理人は当局に対して審尋期日まで控訴人の赴任について配慮を求める一方、裁判所に対しては審尋期日及び決定の時期の繰上げを申し入れた。(ニ)入広瀬駅は控訴人のそれまでの居住地から遠く、かつ僻地であり、赴任にはそれなりの準備と諸事の整理を必要とする。他方、控訴人としては、いったん赴任してしまえば既成事実となり、それが仮処分決定の内容に事実上影響を及ぼし、また審理を遷延させる結果になることを慮らなければならなかった。(ホ)控訴人は、前記のとおり、七月一日、三日については年次有給休暇の請求をし、被控訴人側はこれを拒絶したが、当時の入広瀬駅における業務の状況は前記のとおりであり、右請求に対し時季変更権を行使する正当な理由は存しない。これに対し、控訴人には仮処分の審尋期日に対する準備、裁判所への状況説明のための休暇をとる必要があった。右(イ)ないし(ホ)の事情からすると、控訴人の入広瀬駅への赴任が遅れたのは緊急の必要によるのであり、細則の定めに違反するものではない。

(四)  仮に以上の主張が理由がないものとしても、次のような本件転勤命令の内容、右転勤命令及び本件懲戒処分に至るまでの経緯に照らし、本件懲戒処分は権利の濫用である。

(1) 転勤命令の手続違反

控訴人が所属する国鉄労働組合(以下「国労」という。)と被控訴人との間で締結された「事前通知及び簡易苦情処理に関する協約」一条によれば、転勤の場合、発令の日の七日ないし一〇日前に本人に通知することとされており、本件転勤命令については昭和五三年六月一三日文書によって控訴人に対する通知がされたのであるから、発令日は同月二一日から二四日までの間でなければならないところ、本件転勤命令は同月一九日付でされており、右協約に違反している。被控訴人が自ら手続を遵守しないで控訴人の行為の違法をいうのは、クリーンハンド、公平の原則に反する。

(2) 苦情処理手続違反

国労と被控訴人との間で締結された事前通知及び苦情処理に関する協約によれば、転勤等の事前通知を受けた者はその翌日までに簡易苦情処理会議に苦情の申告をしなければならず(同協約二条)、簡易苦情処理会議は、右申告を受けたときは直ちに会議を開催し、発令の日までにその苦情を処理しなければならない(同八条)ものとされている。ところが、控訴人は本件転勤命令の事前通知を受けた六月一三日に直ちに苦情の申告をしたにもかかわらず、簡易苦情処理会議は三日後の同月一六日にようやく一回だけ開催され、控訴人の意見陳述の申入れに対しわずか一五分間しかこれを認めず、控訴人は発令の日までにもその後にもなんらの判定ないし決定の通知を受けていない。したがって、控訴人は転勤命令の効力が発生したかどうか判断することができなかったものであるから、本件苦情処理手続は、内容的にも手続的にも違法なものというべきである。

(3) 本件転勤命令の緊急性の欠如

簡易苦情処理会議は、判定ができない場合には、遅くとも発令の日の六月一九日までに通常の苦情処理手続に移す(これを上移という。)かどうかの決定をしなければならず、また、上移を受けた苦情処理委員会又は苦情処理共同調整会議は、上移を受けた日から一週間以内に初会議を開催しなければならないものとされている(国労と被控訴人との間の苦情処理に関する協約一七条)のであるから、仮に発令の日までに上移の決定があったものとすれば、遅くとも六月二三日までに苦情処理共同調整会議が開催されなければならないところ、被控訴人の主張によれば、右会議が開かれたのは同月三〇日のことであり、しかも右会議では同日なんらの結論も出されず、その後会議は開かれていない。控訴人は、苦情処理手続の結果が出ないので、同月二四日に地位保全の仮処分を申請したが、被控訴人はこれを予想してあらかじめ同月一七日付で裁判所に債務者審尋を受けることを目的とした上申書を提出している。このような被控訴人の態度に加え、前記のように六月二六日以降只見線が水害により不通となり、入広瀬駅に通常の駅務はほとんどなかったこと、被控訴人が控訴人に対し具体的に赴任を命じたのは同月二九日であったことからしても、本件転勤が緊急性を有するものでなかったことは明らかである。

(4) 控訴人の事情

控訴人は、その実家の農業を手伝わなければならない立場にあること、子供の病気などの家庭事情からいっても、遠隔僻地への転勤を命ずる本件転勤命令には容易に応じられない状況にあったのであるから、裁判所に対し地位保全の仮処分の申立をし、その判断をまつのは当然である。そのうえ、いったん転勤命令に応じて赴任してしまえば、仮処分申請につき弁護士の選任、打合せ、調査、準備等に支障を生じ、また転勤命令に応じたことが既成事実とされて仮処分決定を得ることが困難となることも予想された。

(5) 命令不履行の軽微性と処分の苛酷性

控訴人は、六月二九日に具体的に赴任を命じられ、七月二日には赴任している。この間、七月一日の年次有給休暇の請求に対する被控訴人側の時季変更権の行使は違法であるから、転勤命令に違反したのは二日間にすぎず、これとても勤務を欠いたわけではない。そして元来懲戒処分は職場秩序維持を主目的とし、制裁的なものであってはならないところ、本件懲戒処分当時は行為時から約六年も経過しており、処分の必要があったとはいえない。他方、右処分によって控訴人が被る不利益は、(イ)基本給の減額分合計二一万七九〇〇円、(ロ)賞与の減額分一〇万四一六〇円(基本給の四・八か月分の一〇分の一)、(ハ)定期昇給における二号俸減俸による基本給減額分六四万八〇〇〇円(一か月三〇〇〇円、五八歳までの一八年間)、賞与減額分二五万九二〇〇円(一年に四・八か月分の基本給差額)、(ニ)退職金減額分約一五万円、以上合計一三七万九二六〇円に達するほか、年金額についても約一〇万円の減額となるものであって、右処分は極めて苛酷である。

二  被控訴人

(一)  訴えの変更の不適法

控訴人は、原審以来本件転勤命令の違法無効を前提とする地位確認と損害賠償の請求をしていたものであるところ、控訴審において本件懲戒処分の無効の確認を求めるに至った。右新旧請求は請求の基礎を異にするものであるから、右の訴えの変更は許されない。

(二)  請求原因に対する認否等

(1) 控訴人主張事実(一)は認める。同(二)及び(四)のうち、本件転勤命令が発せられたこと、控訴人が国労に所属すること、転勤命令の事前通知及び苦情処理につき控訴人主張のような協約上の定めが存すること、本件転勤命令の通知(六月一三日)と発令との間に六日間しか存しなかったこと、昭和五三年六月一三日の簡易苦情処理会議で判定ができず、苦情処理共同調整会議に上移する結論となったこと、控訴人の実家が農家であること、本件懲戒処分による控訴人の基本給の減額分合計額が二一万七九〇〇円であることは認め、その余は争う(ただし、控訴人主張において引用されている原判決摘示請求原因3(一)ないし(四)に対する認否は、原判決九枚目表二行目から同裏七行目までに摘示されたとおりである。また、控訴人主張の賞与減額分は九万五七四四円の限度において、定期昇給における基本給の差額は五六万一六〇〇円の限度においてこれを認める。)。同(三)のうち、被控訴人が昭和五三年六月二九日控訴人に対し同月三〇日入広瀬駅へ赴任するよう命じたこと、控訴人が同年六月三〇日、七月一日、同月三日の三日間勤務に就かなかったこと、控訴人が七月二日同駅に着任して同月三日につき年次有給休暇を請求し、同駅長はこれに対し時季変更権を行使したこと、控訴人主張の細則の定めがあることは認め、その余は争う。

(三)(1)  国鉄職員の勤務及び休暇に関する取扱いは、日本国有鉄道職員勤務及び休暇規程に定められているほか、新潟鉄道管理局では細則の定める達示によっているところ、細則三条によれば、転勤の命を受けた者は五日以内に赴任しなければならないものとされているので、控訴人は昭和五三年六月二三日までに入広瀬駅に赴任する義務を負っていた。

(2)  控訴人の上司であった会計課長武藤三四司は、控訴人に対し、六月二二日後任の野崎一男課員との事務引継が終了したら直ちに入広瀬駅に赴任するよう求めたが、控訴人はこれに従わず翌二三日を経過しても赴任せず右命令に従わなかった。翌二四日は新潟鉄道管理局非現業部門の特別非番日にあたり、翌二五日は日曜日のため休日であった。六月二六日、控訴人は入広瀬駅に赴任せず会計課に出て来たが、たまたま同日は豪雨のため入広瀬駅の所在する只見線が不通となり、道路も遮断されたので、やむをえず同日から二八日までは勤務したものとして扱うこととした。同月二九日に至り、入広瀬駅のバスが開通したので、同日武藤課長は控訴人に対し速やかに赴任するように命じ、控訴人の勤務場所は六月三〇日より入広瀬駅となった。ところが、控訴人は同日及び七月一日入広瀬駅へ出勤せず、七月一日午前九時ごろ同駅駅長池田三男に対し翌二日以降の年次有給休暇を請求した。これに対し同駅長は、控訴人の赴任が大幅に遅れていることにより同駅職員吉原悦郎の新任勤務箇所への赴任ができず業務に及ぼす影響が大きいことを説明し、控訴人の請求に対し時季変更権を行使する旨を告げた。翌二日正午過ぎに控訴人は入広瀬駅に着任し、翌三日を年次有給休暇にするよう請求したが、駅長は業務への影響を考え時季変更権を行使する旨を告げた。しかし控訴人は三日に出勤しなかった。そこで、被控訴人は、控訴人が六月三〇日、七月一日、同月三日の勤務を欠いたことを理由として日本国有鉄道法三一条に基づき本件懲戒処分をしたものである。

(3)  本件転勤命令は、業務上の必要に基づいて発せられ、人選についても不合理な点はなく、控訴人の主張するように控訴人の生活に著しい不利益をもたらすものでもなく、いわんや控訴人の思想及び組合活動に対する嫌悪に出たものでもない。また、その発令手続にも違法の点はないし、これに関する苦情が所轄機関に処理されていないことが右転勤命令の効力に影響を及ぼすものでもない(この点に関する被控訴人の主張の詳細は原判決一〇枚目表五行目から一三枚目裏七行目までに摘示されたとおりである。)。

〔証拠〕

記録中の原審及び当審の証拠目録記載のとおりである。

理由

一  訴えの変更の適法性について

控訴人は、原審以来控訴人が被控訴人の新潟鉄道管理局経理部会計課に勤務する権利を有することの確認と本件転勤命令の違法を理由とする損害賠償の請求をしていたところ、当審において新たに本件懲戒処分の無効確認請求を追加し、その後旧請求につき控訴を取り下げたものであるが、旧請求が本件転勤命令の違法、無効をその直接の前提とするものであるのに対し、新請求は、控訴人が右転勤命令に従って所定期間内に赴任しなかったこと等を理由とする懲戒処分の無効確認請求であって、その当否が多分に右転勤命令の効力の有無や右転勤命令に至る経緯いかんにかかるものであることは控訴人の主張内容に照らして明らかである。そうすると、新旧請求は請求の基礎を同じくするものというべきであるから、前記訴えの変更は適法であり、これを許さない旨の裁判を求める被控訴人の申立は理由がない。

二  本案について

(一)  被控訴人が昭和五九年六月二日被控訴人新潟鉄道管理局所属の職員である控訴人に対し本件懲戒処分を行ったこと、右処分の理由が控訴人主張のとおりであること、被控訴人が控訴人に対し昭和五三年六月一三日に事前通知をしたうえ本件転勤命令を発したこと、控訴人が昭和五三年六月三〇日、七月一日、同月三日の三日間勤務に就かなかったこと、以上は当事者間に争いがない。

(二)  控訴人は、本件転勤命令はその発令の手続及び内容の不当性からいって人事権の濫用であり違法、無効である旨主張するので、この点について判断を加える。

(1)  本件転勤命令の発令手続について

控訴人は国労に所属しているところ、被控訴人と国労との間には転勤命令の事前通知に関して控訴人主張のような協約上の定めが存すること、本件転勤命令の通知が控訴人に対する事前の打診なく発せられたことは当事者間に争いがない。

前記協約によれば職員の転勤は発令日の七日ないし一〇日前に本人に通知しなければならないものとされているところ、本件転勤命令の通知は発令日の六日前にされているのであるから、右協約の規定の文言からすれば、通知から発令までの日数が不足することになる。しかしながら、(証拠略)によれば、労使間では右予告期間は発令の日も含めて計算すべきものとする解釈がとられ、これに基づいて事前通知、発令を行うのが例となっていたことが認められるから、右文言にもかかわらず、発令の日を含めて七日前に通知をすれば足りるものと解すべきであり、したがって、この点について本件転勤命令に違法があったものということはできない。

被控訴人と国労との間に「配置転換に関する協定」「只見線開業に伴う協定」が存することは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、右各協定においては配置転換にあたっては地方対応機関の間で十分協議する旨及び本人の意思を尊重し意思表示を強要しない旨が定められているが、右「配置転換に関する協定」は合理化、機戒化に伴う配置転換を対象とするものであり、右「只見線開業に伴う協定」は只見線の開通により小出駅の機関区分駐所が廃止されるのに伴う異動に関するものであって、本件転勤命令についてこれら協定の適用はないことが認められる。控訴人は、右協定をそのほかの人事異動にも準用することが被控訴人と国労との間で了解され、実施されていると主張し、(人証略)中には右主張に副う供述があるほか、(人証略)の各証言及び原審における控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人の職員の人事異動に際しては事前に本人の意向を打診することがかなり広汎に行われていることが認められる。しかし、一般に、人事異動を行うにあたってその実施を円滑ならしめるために使用者側が本人に対し事前打診を行うことはなんら異例のことではないから、単にそれが広汎に行われているということから直ちに事前打診や本人の承諾を経ない人事異動が許されないとの了解が労使間に存するものと推認することとはできず、(人証略)の証言をもってしては人事異動一般について右のような了解が存したものと認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

次に、控訴人は、本件転勤命令は本人の苦情を十分聴かずに、かつ、国労と被控訴人との間の苦情処理に関する協約に反してなされたものである点で無効である旨主張するので、検討するに、(証拠略)及び当審における控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人と国労との間で結ばれた「苦情処理に関する協約」及び「事前通知及び簡易苦情処理に関する協約」には、(1)転勤等についての事前通知の内容に苦情を有する職員は労使代表各二名で構成される簡易苦情処理会議にその解決を請求することができること、(2)苦情の申告を受けたときは直ちに会議を開催し、発令の日までにその苦情を処理しなければならないこと、ただし、発令の日までに判定ができなかった場合には通常の苦情処理手続に移すかどうか等その取扱いを決定しなければならないこと、(3)右会議は、事実審理にあたって、当事者、参考人の出頭を求めることができること、(4)右会議が通常の苦情処理手続に移す旨の決定をした場合には労使代表各四名をもって構成される地方苦情処理共同調整会議又は労使代表者各二名をもって構成される地区苦情処理共同調整会議が苦情の処理にあたること、(5)右共同調整会議は上移を受けた日から一週間以内に最初の会合を開かなければならないことが定められており、控訴人は本件転勤命令の通知を受けるや直ちに簡易苦情処理会議に苦情の解決を請求したところ、昭和五三年六月一六日に右会議が開催され、控訴人もこれに出頭して発言の機会を与えられたが、右会議は判定を下すことができず、案件を新潟地方苦情処理共同調整会議に上移することが決定され、同月三〇日に開催された共同調整会議では控訴人の仮処分申請に対する裁判所の決定を待つことに決定されたことが認められる(以上のうち、簡易苦情処理会議及び苦情処理共同調整会議の苦情処理手続に関する協約の定め(苦情処理機関の構成の点を除く。)、六月一六日に簡易苦情処理会議が開かれたが地方苦情処理共同調整会議に上移する決定がされたことは当事者間に争いがない。)。右によれば、簡易苦情処理会議の苦情処理手続に違法な点があったといえないことは明らかであり(控訴人は、右会議において控訴人に対する十分な聴問が行われなかった旨主張するが、元来右会議において本人の聴問を行うことは必要的とされていないのであるから、右の点は右会議における苦情処理手続を違法ならしめるものではない。)、また、地方苦情処理共同調整会議につき最初の会合を開催すべき時期を定めた前記規定は訓示規定と解されるのみならず、前記の各協約の定めに照らせば、簡易苦情処理会議から地方苦情処理共同調整会議に転勤等に関する苦情の案件が上移された場合には後者における案件の処理が発令後になることがありうることは当然予定されているものと解されるから、右会合の開催の遅延は転勤命令の効力に影響を及ぼすものではない。

(2)  本件転勤命令の内容の不当性について

控訴人の、本件転勤命令が控訴人の平穏な家庭生活を破壊するものであり、被控訴人はこのような事情を知りながら、特段の必要性、緊急性もないのに右転勤を発令したものであるとの主張及び本件転勤命令は不当労働行為であるとの主張に対する当裁判所の判断は、次のとおり訂正するほか、原判決二〇枚目表六行目から二四枚目表一行目までの説示と同一であるからこれを引用する。

(イ) 原判決二〇枚目裏九行目の「前掲乙第一、第二号証、」を「前掲乙第一号証、原審証人武藤三四司の証言により成立を認める乙第二号証、」と改め、末行の「同内田重行、」の次に「同真保常夫、」を加える。

(ロ) 同二一枚目表五行目の「前示」を削除し、七行目の「あてた」を「あてるものであった」と改め、九、一〇行目及び同裏六行目の各「前示のとおり」を削除する。

(ハ) 同二二枚目表五行目の「三日に一回」を「三日連続勤務した場合につき一日」と改め、同裏三行目の末尾に「なお、原審証人吉原悦郎の証言によれば、控訴人の前任者である同人は昭和五三年三月に入広瀬駅営業係(特命)を命ぜられ、本件転勤命令の発令当時同駅に約三か月しか勤務していなかったことが認められるが、このことによって直ちに本件転勤命令を不合理、不必要なものと認めることはできない。」を加える。

(ニ) 同二三枚目表七、八行目の「数人は」を「相当数」と改める。

(3)  以上によれば、本件転勤命令の無効を理由として、控訴人に入広瀬駅営業係(特命)として勤務すべき義務がなかったとする控訴人の主張は理由がない。

(三)  次に、控訴人は、入広瀬駅への赴任が遅れたのは緊急の必要によるものであるから細則三条所定の期間内に赴任しなかったことは違法ではない旨主張するので、この点について検討する。

(1)  細則三条及び同附則1に転勤の場合の赴任の期限について控訴人主張のような定めがあることは当事者間に争いがなく、控訴人が本件転勤命令に対し苦情処理機関に苦情を申告をし、これについて審理が行われたが結論を出すに至らなかったことは前記のとおりである。また、成立に争いのない(証拠略)及び当審における控訴本人尋問の結果によれば、控訴人は本件転勤命令に対し昭和五三年六月二四日新潟地方裁判所へ地位保全の仮処分を申請する一方、被控訴人に対しては右仮処分申請に対する裁判があるまで控訴人の赴任を猶予するよう申し入れたこと、右仮処分申請についての審尋期日は同年七月六日に開かれたことが認められる。

(2)  控訴人は、被控訴人が控訴人の前記申入れをあえて争わず、従前どおり控訴人が新潟鉄道管理局経理部会計課において就業することを容認した旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって(証拠略)、当審における控訴本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は右申入れを拒否したが、たまたま非番日、公休日に当たったのと同年六月二五日以降の豪雨により入広瀬への交通が杜絶したため同月二九日まで控訴人が従前どおり会計課において勤務することを認めたにすぎなかったことが認められる。

(3)  被控訴人が右六月二九日に控訴人に対し翌三〇日に入広瀬駅に赴任するよう命じたことは当事者間に争いがない。

昭和五三年七月一日の勤務について、控訴人は同日朝入広瀬駅長に電話をかけて年次有給休暇を請求したと主張し、当審における控訴本人尋問の結果中には右主張に副う供述がある。しかしながら、(人証略)の証言に照らすと、右供述をもってしてはなお右主張事実を認めるに十分とはいい難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

控訴人が同年七月二日入広瀬駅に赴任したうえ同駅長に対し同月三日につき年次有給休暇を請求し、同駅長が時季変更権を行使して右請求を拒絶したことは当事者間に争いがない。(人証略)の証言によれば、右時季変更権の行使は、控訴人の着任が既に本来着任が予定されていた日より何日も遅れており、この時期に控訴人が休暇を取ると前任者吉原悦郎との間の事務引継ぎが一層遅れ、吉原の転任先等一連の人事異動に関係する部署の業務に支障を来すことが懸念されたためであったことが認められ、これによれば右時季変更権の行使には正当な理由があったというべきである。右証言及び当審における控訴本人尋問の結果によれば、前記豪雨による只見線の不通状態は同年七月一〇日ごろまで続き、このため入広瀬駅における業務もその期間中は比較的閑散であったことが認められるが、このことも、前記のような観点からして控訴人に休暇を与えることが業務の正常な運営を妨げるものであったと認める妨げとなるものではない。また、前記のような苦情処理手続及び仮処分手続の進行状況等からして、控訴人の立場からすれば弁護士との打合せ等のために赴任の猶予を得られることが望ましかったであろうことは推測に難くないが、前記のように本件転勤命令の発令手続が適法であり、かつ、右命令の内容が合理的なものと認められるからには、たとえ右命令に不服であったとしても、企業組織内の秩序を乱さないような手段、態様をもってこれを争うという態度が求められるのはやむを得ないことである。しかも、本件の場合には、前記のように非番、公休、豪雨による交通杜絶により、赴任まで通常の場合に比して数日の余裕があったのであるから、そのうえに更に引き続いて年次有給休暇を与えなかった被控訴人の措置を不当とすることはできない。

(4)  以上によれば、本件転勤命令に基づく赴任を遅滞し、引き続き七月一日及び同月三日の入広瀬駅での勤務を欠いたことについて細則附則1にいう「事故その他緊急の必要」があったということはできない。

(四)  控訴人は、本件懲戒処分は権利の濫用である旨主張するところ、その論拠として挙げるもののうち、本件転勤命令の通知が協約所定の時期にされなかったこと、苦情処理手続が違法であること、控訴人側に転勤命令に応じ難い事情があったことの三点の主張が理由がないことは既に述べたとおりである。

控訴人は、本件転勤命令には緊急性が欠けている旨主張するが、右命令について業務上の必要性が認められることは既に判示したとおりであり(前記引用にかかる原判決の理由説示参照)、右命令についてそのような業務上の必要性、合理性を超えて緊急性が備わっていなければならないものと解すべき根拠を見出し難い。

また、控訴人は、控訴人の行為の内容の軽微さと比較して本件懲戒処分は苛酷に過ぎる旨主張するが、控訴人の行為は、転勤命令発令直後の、事務引継ぎや新勤務部署での職務の習得のために特に勤務に就くべき必要の高い時期に勤務を欠いた点等において必ずしも軽微な非違とはいい難いのであるから、仮に本件懲戒処分によって控訴人にその主張するような損失が生ずるとしても、右処分を選択したことが被控訴人が懲戒処分に関して有する裁量権の範囲を逸脱するものであるということはできず、これについて懲戒権の濫用があったとは認められない。

三  以上によれば、本件懲戒処分が無効であることの確認を求める控訴人の当審における請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島一郎 裁判官 加茂紀久男 裁判官 片桐春一)

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